L'HEURE BLEUE




油絵は好きか、とバージルに訊かれた。
人物画はこっちを見ているみたいだから嫌い、と答えた。
だから人物画以外なら。
そうか、とバージルは呟いた。



二週間後、バージルが油絵を持って来た。
とんでもなく大きい絵画。
埃避けの麻布を払うと、風景が広がった。
水平線が空と海を区切る、途方もない風景。
人物が嫌いと言ったからか、絵には空と雲と海と砂しかない。
吸い込まれるようなコントラスト。
どこか現実感の欠けたそれをわたしはひとめで気に入った。
けれど横幅が2メートルもあるせいで、リビングの暖炉の上には飾ることができなかった。
仕方なく、寝室に飾るけどそれでいいかなと彼に訊いた。
バージルはそれでいいとはっきり頷いた。



寝室の壁を占領した油絵は、頭痛がしそうなほどのテレピンの匂いを放った。
鼻が曲がりそうとぼやいたら、バージルはそうか、とわたしの唇を塞いだ。
彼のその一言は、キスと同じくらいの狂暴さでわたしの何もかもを押さえ込む。



いつもそうなってしまうように、与えられる刺激に堪え切れなくて喉を反らしたら、飾ったばかりの油絵が目に入った。
天と地、180度逆に視界に映る海と空。
ゆっくりと視線をバージルに戻す。
彼の目論みがはっきり分かった。分かってしまった。
「バージル」
だるい腕を伸ばして、バージルの首を抱き寄せる。
「この絵、気に入った」
唇を尖らせてぼやくように告げてみる。
……次の彼の返事なら、聞かなくても分かる。
バージルは素知らぬ顔でこう言うのだ。

「そうか」

そして彼は狂暴にわたしを支配する。







→ afterword

タイトルはゲランの香水『ルールブルー』から。
L'Heure Bleueとは、フランス語で 『太陽が沈み暗くなるまでの空が青い時間、昼とも夜ともつかない曖昧な時間』だそうです。
…が、この香水はもっと濃厚で英語のRule(つまり支配)に近く、そんな感じも含めて書いてみました。支配的なバージルさん、かなり好きです。

名前も入らない断片夢ですが、お読みいただいてありがとうございました!
2008.10.5