銀色の髪に浴衣姿の外国人と、大きなぬいぐるみを3つ抱えた浴衣の女は、縁日のごった返しの中でも特に目立っていた。
「バージル、屋台荒らしだね!ほんとに全部取っちゃうんだもん!」
いまだに興奮冷めやらぬである。
「あれで荒らしは心外だな。簡単だったぞ」
ふん、と鼻を鳴らすバージル。
実は一発で取れる予定だった黄色い鳥に二発使ってしまったことは、余計なことなので口を噤んでおく。
「満足したか?」
「うん!大満足!」
「ならいい」
しかし……と、バージルはちらりとを見下ろす。
自分が取ってやったぬいぐるみで、その両手は塞がってしまった。
混雑に乗じて手を繋ごうとしていたのに、自らその計画をぽしゃるような真似をしてしまうとは。
の手を空けるには、あのぬいぐるみを持たなければいけない。
(……。)
ぬいぐるみを持つ恥ずかしさと、もうひとつを天秤にかける。
呼吸一回の時間で結論は出た。

「なに?」
「貸せ」
「え?」
バージルはどさどさとぬいぐるみ二つをの手から奪う。
そして、空いたの手を捕まえた。
「はぐれるなよ」
さりげなく、しっかりと指を絡める。
「…………うん。」
咄嗟のことに驚いたも、おとなしく頷き、きゅっと手を握り返す。
大きなぬいぐるみ二つを持った銀色の髪の外国人と、小さいぬいぐるみを片手に幸せそうにひょこひょこ歩く女、ぎゅっと手を繋いだ二人は縁日のカップルの中でも特に微笑ましく人目を和ませた。



食べ歩いてお腹も膨れ、ちゃっかりとおみやげも手に入れて、ふたりは本日のメインイベント会場へと移動することにした。
今夜の大花火大会のために、打ち上げ場所となる川周辺は大変な混雑っぷり。
直前の今から行ったところで、場所を探して歩きながら人の頭越しに鑑賞する羽目になるのがオチだ。
もちろん、はバージルのためにとっておきの場所を考えてある。
「本当に学校の屋上に入れるのか?」
「うん。校長先生が骨董品好きでね、おじいちゃんと仲いいんだ」
が特別に預かった鍵をちゃらっとバージルに揺らしてみせる。
「もちろん内緒なんだけどね」
「だろうな……」
ふたりでそうっと夜の校舎に忍び込む。
正面玄関、渡り廊下、教室、職員室……
真っ暗で、外からのほのかな明かりだけが頼りだ。
当然どこにも誰もいない。
「えっと、廊下右手の用務員室入口に懐中電灯……あ、これね」
祖父に教えてもらった通りに懐中電灯を見つけ出し、早速スイッチを入れてみる。
丸い光が弱々しく辺りを照らした。
完璧とは言えないが、これでも何もないよりは随分ましだ。
「暗いけど、電気はつけられないから我慢してね」
「……。」
暗闇の心配をしなければいけないのはおまえの方だが。
そんなことを思ううち、バージルは少しにちょっかいを出してみたくなった。
「懐中電灯は俺が持とう」
「うん。ありがとう」
何の疑いもせずに素直に明かりを渡したの足元を照らし出し、バージルは機会を窺う。
がそろそろと周りを見回す。
その手は自然にバージルの袖を掴んでいる。
「夜の学校って、ひとけがないからか何だか涼しい気がするよね」
「そうだな」
「えっと、確かこの階段を上がればいいはず」
バージルの傍を離れ、がすいっと角を曲がった瞬間。

!」
ぐい!とバージルがの腕を引いた。

「ぎゃ!」
突然のことにバランスを崩し、はバージルの胸に頭突きしてしまった。
「いたた。もう、何なの突然……」
乱れたまとめ髪を撫でながら、がバージルを見上げた。
が、バージルは廊下の角にじっと目を凝らしている。
ひどく真剣な眼差し。
「……今、何か……」
「え?」
「今、おまえの足元に何か見えた」
「……はい?」
「黒い影のような……あれはゆ」「やめてーーー!!!」
が耳を塞いだ。
そしてバージルの目論見通り、ぎゅっと身を寄せて来る。
彼女からは見えないように顔を背け、バージルはしてやったりとほくそ笑んだ。
「……どうやら見間違いだな。ネズミか何かだろう」
「ネズミ!?」
がぎょっと目を丸くする。
「何だ、ネズミも怖いのか?」
幽霊とネズミ、そりゃあネズミの方が怖くないけれど……。
「怖くないよ。……そうだよね。別にネズミに取って食われたりはしないもんね」
の一言に、バージルが微かに眉を上げた。
「そうだな。俺ならまだしも、ネズミはおまえを食わないな」
「うん。……うん?」
「屋上へ急ぐぞ。もう七時を回った」
何やら剣呑なことを言われたような気がするが……本当に恐いのはバージルなのでは……など、考えれば考えるほど背筋が寒くなってきそうなので、は思考を停止することにした。



ふたりだけの屋上はだだっ広く、夜風が強く吹いていた。
昼間の熱気も緩み、だいぶ過ごしやすくなっている。
「花火はあっちに上がるんだよ」
見通しのいい位置に手近なベンチを移動させたら、準備は完了。
合図花火が上がった。
ちょうどこれから始まるところのようだ。
「風が吹いてるし、煙に邪魔されないで花火を観られそうだね」
落ち着いて座っていられず、は結局立ち上がって柵にくっついた。
苦笑しながらも、それを予想していたバージルが自然に彼女の隣に並ぶ。
川の方から、ひときわ大きな歓声が上がったのが聞こえた。
「始まるかな!?」
の声を追うように、光の筋が幾つも夜空に駆け上がる。
「わー、スターマインだ!」
ぽんぽんと大輪の花火が連続で打ち上げられた。
「きれいだね!」
「ああ」
「たーまやー!」
がぱたぱたとうちわを叩いた。
どん!とお腹に響く音すらも、花火の醍醐味。
スマイルマークの花火、ぎらぎらと明滅する激しい花火、柳のようにしなやかに降り注ぐ花火……
「こんなにじっくり花火観るなんて、久しぶりだなー」
「そうか」
白、赤、青、黄色に緑。
鮮やかな光がふたりの横顔を染める。
「うっとりしちゃうね」
「ああ……」
答えながらバージルは、花火に見惚れるに見惚れていた。
──浴衣を着て目の前に現れた瞬間から、このひとときを待っていたのだ。
着慣れない浴衣でたどたどしい足取りで自分を追って来る姿も、まとめ上げた髪とすっかり覗くうなじも、酒に酔ったような彩りの目元と頬も、からころと鳴る下駄の裸足のしろさも、彼女が動く度に漂う普段とは違う香りも。
どれもが花火よりも強烈に、バージルの心に灼きついている。
「あ、次はナイアガラみたいだよ!見たことある?」
「ああ」
「そうなの?でもほら、日本のはきっとすごいと思うよ!」
「ああ……」
「……?バージル?」
あまりに同じ返事しか返ってこないので、さすがにが訝しんでバージルを振り返る。
だがバージルの表情を見る前に、背中から抱き締められた。
「!!」
「少し黙っていろ」
牽制されて、暴れようとした腕がかちんと止まる。
「落ち着かないんですけど……」
「花火に集中しろ。次はナイアガラなんだろう?」
「……」
この密着状態でどう花火に集中すればいいと言うのか……。
「次が上がる」
バージルが腕を伸ばし、視線を誘導した。
その先に上がったのは、赤いハートマークの花火。
一瞬ふたりとも呼吸するのを忘れる程、驚いた。
「……タイムリーだね?」
「そうだな……」
角度がずれて逆さになってしまったハートに、まるで線のようになってしまったハート。
どれも同じく用意されたはずなのに、打ち上げられてみればたくさんの形。
「どれもきれい」
「ああ」
くすっと笑うと、は自然にバージルの腕の中に収まった。





流しそうめんを味わい、縁日の屋台メニューを食べ歩き、咲き乱れる花火を堪能し……
今日はふたりはのんびりとしていた。
指定席の縁側に陣取り、猫と三人(?)ひなたぼっこを楽しむ。
「雷門も見たし、浅草寺でお参りもしたし、結構ハードスケジュールだったよね。疲れてない?」
「そういうおまえは?」
「たくさん食べてるからエネルギーは充分」
「それもそうだな。心配するだけ無駄か」
「む!」
バージルをむいっと睨みかけるが、今も手の中にかき氷の器があるのできっぱりと言い返せない。
味はブルーハワイ、喫茶店のおばちゃん特製のかき氷である。
今日はバージルも同じものを食べている。
「久しぶりの日本はどうだ?」
「大げさだなぁ。まだそんなに離れてなかったでしょ」
気遣うバージルに、は笑顔を見せた。
やはり今回の旅行は、半分以上は自分のために計画してくれていたのだろう。
はっきり言わないけれど、伝わってくる想いに胸がじんとする。
「それでも、向こうでの慣れない暮らしは長く感じたんじゃないか?」
「そうだね……」
は目を閉じた。
確かに、短い期間にいろいろな出来事があった。
英語も日々勉強、日本とアメリカの差異は細かいけれど色々あって、それを教えてもらおうにも周りに知り合いは数える程……
スポーツで言えばホームを離れ、アウェイ状態。
でも、それでも。
「バージルがいるから平気」
強がりも照れ隠しもみんなみんな含めた上で、それがの素直な気持ちだ。
「……そうか」
バージルがふっと微笑った。
それより、とは隣りを盗み見る。
「バージルの浴衣姿、なかなかかっこよかったよ」
日本にいるからか、それとも単にふたりだけの時間に慣れてきたのか、はだいぶ気持ちを正直に伝えるようになっている。
だが相変わらず恥ずかしさには勝てないのか、すぐに視線を逸らして猫を撫でている彼女に、バージルは頬を緩めた。
「おまえの浴衣もパジャマよりは似合っていた」
「……。素直に誉めたらどう?」
「素直に言ってもいいのか?また逃げなければいけないことになるぞ」
「……。じゃあいい。」
「賢明だな。俺ももう少しこうしていたい」
みんみん鳴く蝉と、通り抜ける風と、ごろんと伸びて寝ている猫。
隣りにはいつもと同じようにバージル。
こめかみのずきずきとしたアイスクリーム頭痛を除けば、最高にしあわせな時間である。
と。

ピピピピピピ

携帯が控え目な電子音で着信を告げた。
の携帯は「Lovin' You」の着メロなので、これはバージルの携帯だ。
彼の携帯が鳴るのは仕事絡み。
それも国際通話というハードルを越えてくる辺り、緊急事態なのかもしれない。
「お仕事の電話じゃない?出たら?」
放置したまま考えあぐねているバージルに、が促した。
「……ああ」
自分の仕事の内容を、はまだはっきりと知らない。
後ろめたい気持ちを抱えたまま、バージルは縁側を離れた。
(こんなときに、一体誰だ?)
苛立ちのままに通話ボタンを押す。

「もしもし?」
『お。マジでバージルに通じた』
「……ダンテか?」

それは携帯から聞こえた、久しく連絡の途絶えていた弟の声。
かつては同じ事務所で仕事をしていたこともあったが、諍いが絶えなかったためにすぐにそれぞれ独立したのだ。
以来、風の便り程度にしか弟のことを聞かずにいた。
向こうも──ダンテも、自分の携帯の番号など知らなかったはずだが。
そんな状態で連絡してくるとは、本当に非常事態なのだろう。
「何の用だ?」
バージルはアイスクリーム頭痛以上の激痛に、溜め息をついた。



通話を終えて縁側に戻ると、バージルはの横に無言で座った。
ミーコを撫でていたがためらいがちに視線を送って来る。
「やっぱり、お仕事だった?」
「……。」
答えない。
バージルはむっつり表情を硬くしたまま、の膝を枕に寝転んだ。
びくん、とが反応する。
「あのう、バージル」
「膝を貸せ」
「事後承諾反対!」
「猫だと思え」
「こんな大きな猫はいません……」
毛皮を着込んだ猫を膝に抱いていても何ともないのに、バージルが頭を乗せたら一瞬で体中が熱を帯びる。
あたふたと持ち上げた手もバージルに掴まれて、は完璧に固まった。
「……」
「……。」
しーんとぎこちない空間。
そこへ風鈴が、ちりりんと涼しげに揺れた。
「何の音だ?」
バージルが辺りを見回す。
「風鈴だよ。ウィンドチャイム」
「who...ring?」
「単なる聞き間違いだとしても、それ私以外の人に言わない方がいいよ。オヤジギャグだよ」
「……。」
そっぽを向いたバージルを笑って、から緊張が取れた。
「気に入ったなら、おみやげに買って帰ろ。陶器とか、ガラスとか、いろんな音のがあるんだよ。きっとバージル迷うと思うよ」
「そうだな」
返って来た返事がどことなく沈んでいる気がして、は違和感を覚えた。
そういえば、膝枕したときから少しだけ様子が変だった。
原因があるとしたら、……電話しかない。
「バージル。どうしたの?」
あいていた左手で、そっとバージルの髪に触れてみる。
さらさらと何の抵抗もなく通った指が何故か物足りなくて、は何度も銀の髪を梳いた。
しばらくして、バージルがのその手を取って指先に口づける。
──こんな時間をもっともっと楽しめるはずだったのに。
「……アメリカに戻らなければいけなくなった」
押し出すようなバージルの声。
が目を見開いた。
「え?」
「明日には発つ。はもう少しいたらいい」
「そんな急に……」
当初の予定では、二週間たっぷりと日本でのんびり過ごす予定だった。
まだその半分も経っていない。
「そんな……」
「仕事が済んだら、また来る。おまえの復路の飛行機のチケットはキャンセルして、ふたりでもう少し長く日本にいればいい」
あやすような声でバージルは諭す。
「うん……」
がしゅんと項垂れた。
「……まだほんのちょっとしか日本の夏を過ごしてないけど、何か想い出できた?」
バージルはああ、と頷く。
の頬に手を伸ばした。

「おまえ越しに見た花火がいちばん綺麗だったな」

ごんっ!!
思わず仰け反ったの膝から滑り落ち、見事にバージルの頭が床にぶつかった。

「…………」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
慌ててはもう一度ちゃんと膝を揃えてバージルに進呈する。
せっかくのいい雰囲気を豪快にぶち壊されるわ、痛打した頭はじんじんするわでバージルはすっかりご機嫌斜め。
それでもまたの膝に頭を乗せ、そして瞳を閉じた。
「寝る。今度は動くなよ」
「え?ええ?」
「俺の日本での昼寝の想い出をたんこぶで台無しにしたくなかったら、大人しくしていろ」
「……」
一体どういう理屈か……。
呆れながらも、はそのままじっとしていた。
一時的なこととはいえ、バージルと離れなければいけない。
わざわざ口にしなくても、寂しい気持ちはお互い一緒。
昼寝とは言ったが、きっとバージルは眠らない。
そしてきっと一言も話さない。
それでいいと思った。
何か会話をするよりもこうして微妙に触れ合っている方が、ずっといろんな想いを共有できるような気がする。

お祭りの後の昼寝のひととき。
ふたりはどちらからともなく手を繋いだ。







→ afterword

30000hitsお礼夢です。
あれこれ詰め込みすぎて、胃もたれしそうなお話になりましt

夏だ浴衣だバージルだ!と、書いている分にはものすごく楽しかったです(*´∀`*)
そしてヒロインは少しだけバージルに免疫ついたようです。(たぶん)
でも、進展しそうなところで離ればなれ。
がんばれバージル、逃げるんだダンテ。(え)

更新が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
当サイトをお散歩してくださって、いつも本当に感謝しております!!!
ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました♪
2008.8.7