の両親とダンテ、今宵の客人がテーブルに揃ったところで、感謝祭の夕食が始まった。
食卓の真ん中にどーんと自己主張しているのは、無事に美味しそうに焼けた七面鳥だ。
会話が進むごとに、次々にワインのコルクが抜かれていく。
「もう、ダンテくんには本当に驚いた」
母がじろりとを睨んだ。
「何で私を睨むの」
非難される覚えはない!とは毅然と母を見返した。
ダンテ──人数の関係で彼はまたも誕生日席だ──が、ひょいっと身を乗り出してワインをママに注ぐ。
「すいません。オレ、前もちゃんを騙したことがあって、つい」
ダンテにきらきら輝かんばかりの笑顔つきでお酒を注いでもらい、母の態度は一気に氷解した。
「あら、いいのよ。驚いたけど面白かったから。あなたたち本当に瓜二つねえ」
あっさりと相好を崩した母には呆れた。
「お母さんてば。双子だって言ってあるでしょ」
「そうだけど、でもねえ。ねえあなた」
「そうそう。だけどゆっくり話してみれば、双子といっても雰囲気は全然違うんだね」
父も愉快そうにダンテにグラスを差し出している。
ダンテは爽やかにボトルを持ち直した。
「うちのお兄ちゃんは真面目ですから。オレはふざけてるんで、よく叱られてます」
「ふふ、そうなの?」
なごやかに会話と杯が交わされるテーブルの反対側、バージルは会話だけが進まない。
無言でアルコール多量摂取は、黄信号だ。
「バージル、ターキー切り分けてくれない?」
ペコちゃんのように視線を泳がせて作り笑いを浮かべながら、はバージルにそっとお願いしてみる。
彼女の苦心作をちらと見て、バージルもようやく眉間を緩めた。
調子に乗りつつあるダンテを怒鳴りたいが、両親の手前ぐっと耐えている。
正直もう胃がおかしくなりそうだった。
深呼吸で気を落ち着けると、バージルはからナイフを受け取った。
本日のメインディッシュに相対する。
「見た目はいいが」
ぱり、と皮がナイフに逆らってちいさな音を立てた。
じゅわっと溢れだした肉汁も食欲をそそる。
が皿を押さえてバージルを手伝う。
「味も完璧だよ。もうキッチンに立ちたくないくらい頑張ったから」
グレイビーもクランベリーソースも悪くない出来だ(と思う)。
ぐたりと疲れた演技をしてみせるに、バージルはやっと表情をほぐしてちいさく頷いた。
「明日の朝食は任せておけ」
「いいの?」
「それくらいはな」
「パンケーキがいい!」
「いや、あれは……」
ふわふわのパンケーキに黄金色の蜂蜜ととろりとバターがしみたあの組み合わせは──特別メニュー。
口ごもったバージルに、はまたちょっと視線を揺らした。彼の考えが分かってしまった。
「じゃあ、ベーコンエッグかスクランブルエッグがいい」
「分かった」
にぶいながらもちゃんと勘付いた彼女に、満足そうにバージルは微笑した。
これからもきっと、バージルお手製のパンケーキを食べることができるのは、世界中で、ただひとり。



「お、ついに七面鳥か」
皿を用意するに気づいて、ダンテが口笛を吹いた。
美味しそうなターキーとソースに、父母も目を見張る。
「本当にが作ったの?」
「そうだよ」
「そりゃすごい」
目を丸くする両親に胸を張って、……はちらりとダンテを窺う。彼は気を悪くしていないだろうか。
の視線に気づくとダンテは屈託なく笑って、人差し指を唇に当てた。
(本当にいいひとだ)
今夜は最高の感謝祭。
「「「「いただきます」」」」「……マシュ?」
かくして七面鳥は、すこしも残されることなく五人のお腹を満たしたのだった。



と母は大量の皿の山を片付けていた。
男たちは気楽にリビングでまだ酒を酌み交わしている。
「ダンテくんも楽しい子ね」
母が思い出し笑いをした。
双子と聞いてはいても、実際バージルとそっくりの人間がいきなり目の前に現れたら、それは驚くしかないだろう。
現場には居合わせなかったが、想像するだけで面白い。……自分がダンテに騙されたときはそれどころではなかったが。
「そういえば、バージルはどこを案内したの?」
帰宅したときはダンテ登場の話題で持ち切りで、何となく聞く機会を逃してしまった。
ひとしきり今日の観光コースを説明した後、母がきゅっと蛇口を閉めた。
エプロンで手を拭きながらに向き直る。
「……バージルくんて、レモネードみたいだと思った」
「レモネード?」
突然飛び出した飲み物の名前に、はきょとんとした。
母はすこしだけ照れる。
「ほら、タイトルは思い出せないけど、も見たでしょ、あの映画。ミュージカルの。あれに出てくるじゃない。レモネード」
「……?」
言われても、何が何やらさっぱり分からない。
「バージルがレモネード?」
酸っぱい、のだろうか。
「分からないならそれでいいけど」
母はくすっと笑って、再び洗い物を始めた。



日付が変わりそうなところまで酒宴は続き、呆れた母とがアルコールを取り上げたところで、今夜はお開きとなった。
両親を一階のゲストルームに、ダンテ(バージルは彼を帰らせようと一人画策したが、飲酒後のバイクは危ないし、何もタクシーで追い出すような真似をしなくてもということで、結局一泊することになった)も余り部屋に押し込めたところで、バージルとはやや疲れ気味に寝室に戻った。
「疲れたね」
「だからダンテは呼ぶなと忠告しただろう」
ばふっとベッドにダイブしたを見下ろし、バージルは険しい表情だ。
「そういう意味じゃないってば」
ダンテの方はそうでもないのに、どうしてバージルはもうすこし弟に歩み寄ろうとしないのだろう。
そう苦言を呈しかけ……ふと別のことを思い出した。
「そういえばね。お母さんがバージルのことをレモネードみたいだって言ってたよ」
「は?」
バージルも先程ののように、理解しかねると眉を寄せた。
「よく分からないよね。何かミュージカル映画がどうのとか言ってたけど」
付け足された説明に、バージルは僅かに目を見開いた。

──Not too sweet, not too sour.

有名な映画の中のさりげないひとことと、レモネード。
(そんな風に映ったか)
気恥ずかしくて、バージルは口元を手で覆った。
「風邪に効く?でもバージルの看病は悪化と紙一重だし」
ぶつぶつ呟いていたが、押し黙ったバージルの様子に気付いて覗き込んだ。
「なに?何か知ってるの?」
「……いいや。」
「うそ!今、あからさまに間があったよ」
「言われてみたらレモネードが飲みたくなったな」
「話を逸らさないでよ。……でも、いいね。飲みたい」
脱線させられたと分かっていても逆らえないに、バージルは立ち上がる。
「作ってくる」
「バージルが作ってくれるの?」
が意外そうにあんぐりと口をあけた。
バージルはそっと彼女を振り返る。
「台所には立ちたくない気分なのだろう」
「やった!甘めでお願いします」
現金な奴だと苦笑して、愛おしそうにさらりとの髪を撫で、バージルは部屋を出ようとする。
が。
「やっぱり双子だよね。なんだかんだでダンテさんも料理できそうな気がする」
つるんと滑ったの言葉。
ぴたりとバージルの足が止まった。
「……何?」
「何ってなにが?」
「あいつが料理できそうだというその根拠は?」
は『あ』と口を押さえた。
あれは、もしかしてもしかしなくても言うべきではないことだったのだろうか。
?」
じりじりとバージルが戻ってくる。
は再び冷や汗にペコちゃん顔で目を逸らした。
「……えっとね、実は、さっきの七面鳥をちょっとだけ手伝ってもらいまして」
「ダンテが?台所で?おまえの手伝いを?」
「う、ん」
「……。」
自分と両親が家に戻ったとき、ダンテは「今オレも着いたばかりで」と言っていた。
(あいつめ……)
三度目の訪問の今回は、まだおとなしくしている方だと思っていたが。
どうしても波を立てずにはいられないようだ。
「でも、ほんと言うと助かったよ」
「……ほう?」
「生の七面鳥はやっぱり怖かったし。って、わあ!」
いきなりバージルに手首を引っ張られて、はベッドから転げ落ちそうになった。
「ちょっと」
バージルは無言ですたすたを引っ張っていく。
「ねえ!どこ行くの?」
「台所だ」
「ええ?レモネード、バージルが作ってくれるんじゃないの?」
「レモンの場所が分からない」
「冷蔵庫だよ、当たり前でしょ」
「蜂蜜も分からない」
「いつもと同じだよ、戸棚の中だよ」
「うるさい」
「な!」
なにそれと怒るの手をしっかり掴んだまま、バージルはひたすらむっつりしていた。
膨れっ面のと無言で無表情なバージルと……。
彼らの機嫌が直ったのは、がグラスに蜂蜜を垂らして、バージルがレモンを切って浮かべて、ふたりそれぞれひとくちレモネードを飲んだそのあと。

「手伝いが必要だったら俺にそう言え」
「……うん。今度からそうする」

甘すぎず、酸っぱすぎず。
母がバージルをレモネードに例えた理由が、すこしだけ分かったような気がした。







→ afterword

感謝祭をみんなで過ごそう編でした。
以前お客様から「ダンテが結婚式に参加していたら…」というメッセージを頂いてから、ぜひともダンテを両親を引き合わせてみたい!と思っていました。
でもダンテが日本に行くわけにもいかないしということで、感謝祭を利用してパパママにアメリカに来てもらいました。
ダンテはすごくウケがいいと思います!特に母にはかわいがられそうです!(笑)
この5人の中で、ヒロインの父はものすごく肩身が狭そうですよね…がんばれ!(;´ω`)

レモネードと「Not too〜」のセリフが出てくる映画は「サウンドオブミュージック」です。(大佐をバージルで変換して観ると…デレてくれたときにとても楽しめるのでお勧めです/笑)
作中だとピンクレモネード、セリフもさりげなく使われてるだけなんですけど、時期的にもいいかなあと思ってこじつけてみました。
バージルは必要不可欠、ビタミンCみたいなもんですし!!!
ダンテはもっと元気にレモンスカッシュで!

それでは、最後までお付き合いくださいましてどうもありがとうございました!
寒い夜にはホットレモネードをどうぞ♪

2008.11.21