翌朝。
バージルの厳重注意を受け、控えめメイクで出掛けて行ったを見送った後。
「いやーお兄ちゃん、よく許したねえ?」
ダンテがにやにやとバージルを見やった。
居合いが来るか!とブロックの構えをしたダンテだったが……バージルの返答はただの一睨み。
「お?怒らねえの?」
ダンテはヒュウと口笛を吹いた。
「斬られたいのか?」
バージルにしては珍しく、どさりと体重を感じさせる仕草でソファに腰掛ける。
その目は、たった今が出て行った扉を見つめている。
「確かにお前の言う通り、家にこもりっきりでは可哀想だと思ったしな」
「……へえ」
偏屈バージルをここまで軟化させてしまう程、って本当に大事にされてんだなーとダンテがしみじみと感心したところで。

リリリン

唐突に、ベルが鳴った。
最近ここに引いたばかりの電話である。
近くにいたダンテが出ようとしたのを制し、バージルが立ち上がる。
「依頼ならば、俺が受ける」
「……神のごカゴがありますように」
おもむろに受話器を取るバージルを見上げながら、ダンテはぽつんと呟いた。
バージルにではなく、これから彼に本気で狩られるであろう、不運な悪魔に対して。





「いや〜、ちゃん、お疲れ様〜」
バイト最終日。
上機嫌のケーキ屋店長が、にっこにこと笑顔を振りまいた。
もぺこりとお辞儀する。
「こちらこそ、お給料の前払いなんてお願いしてしまって……ご迷惑お掛けしました」
「いやいや!ウチは去年の2.5倍を売り上げたし、迷惑どころか大感謝だよ!それで物は相談なんだが、君、ウチで正社員として働くつもりは」
「断る」
突然の第三者の声に、店長とが振り返る。
「バージル!いつの間に」
「終わったんだろう?帰るぞ」
此処にはもはや一秒たりとも用は無いとばかりに連れ去ろうとするバージルを、慌てて店長が引き留めた。
「待ってくれ、ほら、ちゃん、これ忘れないで」
ケーキボックスを手渡される。
「約束の、苺たっぷりショートケーキ。クリスマスのチョコプレートもサービスしといたよ!」
「わあ……何から何まですみません。どうもありがとうございました!」
「じゃあね。たまには遊びに来てくれね」
「はい!」



店を出ると、また雪がちらついていた。
ふたりはどちらからともなく、手を繋ぐ。
「苺というのは、ダンテのためか?」
「うん。……あ、もしかして他にリクエストあった!?」
「ない、が……」
そこじゃないだろう、とバージルは額に手を当てた。
「あ!見て、バージル!」
がぐいっと彼の手を引く。
「何だ?」
「ヤドリギだよ!」
見れば、確かにそこにはヤドリギ。
クリスマスシーズン、そしてヤドリギといえば!
きらきらと瞳を輝かせたに対し、バージルは、
「……木がどうした?」
非常に冷静だった。
そんなロマンティックの欠片もない反応にはしょんぼりとうなだれる。
(でも、確かにバージル達はそんな言い伝えなんて知らないかも……)
しゅんと下を向く直前。
「冗談だ」
楽しげな声と共に、甘いキスが降って来る。

Kissing under the mistletoe。

「……ヤドリギの下にいる女性には、必ずキスしなければいけないんだったか」
「それもあるけど……ヤドリギの下でキスしたふたりは幸せになれる、っていう方が好きだなあ」
もう一度軽くキスすると、ふたりは次の恋人たちのためにヤドリギを離れた。
もう新たなカップルを迎えている木を振り返って、はくすくす笑う。
「ほんとに知らないのかと思ったよ」
バージルが心外そうに眉を跳ね上げた。
「書物で読んだことがある」
「え!?どんな本!?」
「民族の伝承に関する書だったか」
「……ああ、そっか……」
まさかラブロマンス物を読むはずないとは思ったものの、あまりにバージルらしい。
「あはは、バージルらしいや」
笑い続けると、バージルがフンと鼻を鳴らした。
の手元に顎をしゃくってみせる。
「箱、傾いているぞ」
「ああっ」
慌てて持ち直したの手から、ケーキボックスを取り上げる。
「甘くないなら、食べてもいい」
あくまで不遜なその態度。
は収まりかけていた笑いがまたもや込み上げる。
「苺と引き換えに、生クリームは控えめにしてもらってあります、バージル様」
「合格にしておこう」





どたばたしたものの、聖夜は誰の元にも平等に訪れる。
のサンタ姿がまた見たい!!』とのダンテの要求はバージルの拳によって却下された。
が、バイトが終わり、久しぶりに家事に集中した手作りのご馳走と、店長渾身のショートケーキは、三人のお腹も心もすっかり満たした。
がいちばん喜んだのは、双子からのプレゼント。
「ほんっと、綺麗!!!」
白いクリスマスツリーである。
大人の身長程もあるそれ一面に、綿や電飾、オーナメント、てっぺんには星まできちんと飾ってある辺り、双子がいかに暇だったか……いや、いかに彼女を大事に思っているかが表れている。
「ありがとう!」
「お礼はオレにだけで充分だぜ。バージルは『ガキっぽい』って反対したんだからな」
「黙れ!お前は電飾や飾りを買い忘れて来ただろうが」
(要するに、二人とも結構、ツリーの飾り付けを楽しんだってことかな?)
にこにこと口喧嘩を見守る
プレゼント型のオーナメントを何気なく見て、そして思い出す。
「ああっ、忘れてた!」
これでは何の為にバイトしていたのか分からない。
用意しておいたプレゼントを、バージルとダンテそれぞれに渡す。
「はいっ、プレゼントです!開けてみて!」
言われるまでもなく、がさがさと開封していく双子。
まず中身に辿り着いたのは、ダンテだった。
「ホルスター?」
「そ!今使ってるの、もうボロボロだったし。ちゃんとエボニー&アイボリー用の特注だよ!」
「色気はねえけど、ま、サンキュ!ありがたく使わせてもらうぜ」
早速るんるんと銃をセットしているダンテから、はバージルに視線を移す。
「……お気に召した?」
「ああ」
バージルには、閻魔刀用の下緒。
「素材も色も、探すの苦労したんだよ。金色で嫌味がないのって、なかなかないんだから!」
「そうだろうな。……気に入った」
こちらも早々に、鞘の下緒を付け替える。
アクセサリーか何かだろうと踏んでいたダンテが、思わず吹き出す。
「バージルにも武器関連?、普通もっとオンナノコらしいプレゼント考えねえか?」
「ひどい!これでも真剣に選んだんだからね!」
「それで武器……色気なさすぎだろ……」
目の前でペアリング!などという最悪な事態を免れて心底安心したダンテが、度を越して笑う。
ついにがぷくーっと膨れた。
ダンテを嗜めようとして、ふと、バージルが動きを止めた。
下緒をまじまじと見つめ……小さく笑みを浮かべる。

「いや……そうでもないぞ?」

「何が?」
「此処に」
「ストーップ!それはダンテには秘密です!」
がバージルに飛びついて、その口を押さえる。
かなり必死だ。
「と、いうことだ。残念だったな」
バージルは勝ち誇ったように眉を聳やかす。
「余計気になるだろ!」
今度はダンテがむくれた。
「Shoot!」
不貞腐れたまま、ダンテはケーキの残りを全部持ってリビングをどすどすと出て行く。
「ダンテ」
立ち上がりかけたの手を、バージルが引いた。
「放っておけ。さっきのは彼奴が悪い」
「でも」
「そんなことより。もう一つ、プレゼントが欲しくないか?」
「え?」
まだ何かあるの、と問おうとした。
刹那、バージルが顔を寄せて、の唇を奪う。
突然の出来事に、はびくりと跳ね上がった。
「んぅ〜、んん、んぅぅんうううぅ〜(ここ、リビングなんですけど〜)」
両腕がっちりと束縛されて動けない上、指までしっかり絡められていて、指先でもがくことすらも出来ない。
「ぅうぅう〜(バージル〜)」
さすがに意識が朦朧としてぼんやりしてきたところで、漸く解放される。
今度ばかりは、本当に失神するかと思った。
「も……不意打ちは、きついよ……」
はぁはぁと胸をなだめる。
そんな様子を見つめながら、バージルは彼女の髪を優しく梳いた。
「プレゼントなら、もう渡したぞ」
「え?」
真っ赤に火照る頬に両手を当て……はひんやりとした金属の感触に気付く。
右手の薬指に、こっそりと自己主張しているリング。
驚きで、は息を飲む。
「……気に入ったか?」
言葉を喪失ったままの彼女を、バージルはそっと覗き込んだ。
応えては、ふわりと微笑んだ。
「ブルーサファイア。天国の石ね。これは邪悪なものから護ってくれる石なんだよ」
evil、を強調した彼女に、バージルが愉快そうに微笑んだ。
「ほう。それは純潔の証の石だと思っていたが」
邪悪なものから身を護ってくれる、純潔の石。
自分にはこの上もなくちぐはぐなようでいて、でもこれ以上ぴったりの石は有り得ないような気もする。
何よりも、まじまじとこの石を見つめていると、バージルの瞳を見ているような気分になってくる。
焦るような、それでいて落ち着くような。
「お前の気持ちも確かに受け取った」
バージルが閻魔刀を持ち上げた。
示された下緒には、小さく銀糸で縫い込まれたメッセージ。

Always be with You

「だっ、誰にも見せちゃだめだからね!」
慌ててそれを隠す
可笑しそうにバージルは口元を押さえた。
「確かにこれがなかったら、色気がなさすぎたかもしれないな」
「!バージルまでそんなこと言うの!?」
ぷーっと膨れかけたを、楽しそうに抱き締める。
「いや……上出来だ」
髪を撫でられ、うっとりする……が。
「ここのところ依頼も少なかったから、お前が働きに出ていなければもっと一緒にいられたんだがな」
グサリと嫌味は忘れない。
プレゼントで機嫌が良くなって安心していたのだが。
は肩を竦めた。
「う……ごめんなさい……」
「やはり給料は渡すことにしよう」
「……はい」
しょぼくれるに、バージルはゆっくりと瞳を合わせる。
「勘違いするな。……俺の望みは、お前と共にいることだ。プレゼントではない」
「……うん。そうだね……」

金の帯と
青い石と
例え離れていても、お互いの気持ちはいつだって、傍にある。

ゴォン。
鐘の音が風に乗って運ばれ、厳粛に鳴り響く。
聖フランチェスカ教会のミサが終わった合図だろう。
改めて、はバージルを見つめる。
「Merry Christmas!」
「今更だが……俺には似合わないと思わないか?」
「せっかくだから、便乗しておこうよ」
「それも悪くない……」

聖夜を大切な人と祝う悪魔。
この広い世界に一人くらい、いたとしても。
聖なるかな。
神はそれくらい見逃してくれるだろう。
バージルはそっとにキスをした。







→ afterword

えーとまずは、初夏のクリスマスでごめんなさい。(爆)
これは携帯版の方で先にUpしていたもので、こちらでは時期がオーストラリア並にずれてしまいました。(でもまだヴァレンタインものもホワイトデイものもあります…汗)

再Upするにあたって読み返してみたら、…結構甘い?でしょうか?
時期はとんでもなくずれてはおりますが、少しでも楽しんでいただけたならうれしいです!

2008.6.26