ピーター経由で受け取ったくじを道中何度も確かめながら、は会場に乗り込んだ。
入り口はバルーンアーチで「FANTASY NIGHT」とテーマが掲げられている。造花やリボンで賑々しく飾り立てられた会場は、いかにも手作り感にあふれてチープ。だが、メインステージ上の一人が場の格を強引に引き上げていた。
(バージル)
ちらと目が合い、はちいさく左手を挙げる。もちろん彼は大っぴらに応えることは出来ないが、軽く頷いてくれた。
参加男性のドレスコードはフォーマルということで、バージルも濃紺のスーツにグレーのネクタイを合わせている。上質ではあるが特に何ということのないコーディネートなのに、周りのどの男性よりもかっこいいと思ってしまうのは、さすがに欲目というものだろうか。
壇上では一人ずつ紹介が行われている。
バージルの紹介が終わり、彼が椅子に座ると、会場の熱気が上がった。方々から囁き交わす声と溜め息が聞こえる。同時に、手持ちのくじをがさこそ確かめるような紙の音も。
(やっぱり)
バージルをかっこいいと思うのはだけではないらしい。
「やっぱり6番の彼よねえ」
不意に隣の女性がの方を向いた。
「毎年このチャリティーに参加するけど、30枚もくじ買ったのなんて初めてよ」
「30枚も!?」
しーっと女性が唇に人差し指を当てた。
「地元フリーペーパーの記者をやっててね。その取材と称して、ね。本当は一人10枚までなの」
「そうなんですか」
枚数制限があっても瞬殺だったのか。
この様子ではみんな最大の10枚を買っていそうだ。のたった1枚ではいかにも分が悪い。
「あなたも6番の彼?」
「……ええ」
「10枚買えた?」
「いえ、1枚しか……」
「まあ。それは残念。でも、当たるといいわね」
「そうですね」
30枚分もチャンスがある人に慰められると妙に辛い。
女性は気さくに握手を求めて来た。
「あたしはケイシー。あなたは?」
です」
「そう。よろしくね」
ケイシーはなおもバージルを凝視している。
「でも、ここの警察にあんな人いたかしら?普段から署にいたら、もっと話題になってると思うのよねぇ」
どくん!と心臓が飛び跳ねたのを宥めつつ、は平常心を装った。
「誰かの代打だって、警察官の知人から聞きましたよ」
「なるほど。ま、一夜の相手に誰何は無用かしらね」
(One night stand!?)
はぎょっと目を剥いた。
ケイシーは「あら」と余裕の流し目だ。
「あなたも期待してるんじゃない?既婚者なのに、こんなとこに来ちゃって」
左手薬指をつつかれる。
「旦那様もかわいそうに」
「あはは……」
笑いがわざとらしく響いて消える。
夫はあのNo.6です、などと彼女に白状できる訳がない。
(座る場所まちがえたー)
はいよいよそわそわし始めた。何とかボロが出る前にここを離れたい。普段、自分のフォローをしてくれる頼れる人物は、今は壇上だ。
(そういえばバージルは指輪どうしてるのかな)
彼の左手に目を凝らす。ステージの照明を受け、ちらりと光る物が見えた。ならばバージルも既婚者であると隠すつもりはないようだ。
(なんとなくホッとしたような)
そっと胸を押さえたに、
「Danteも既婚者なのね。全く。あんないい男がもう結婚してるなんて!どんな相手なのかしら」
ケイシーが毒づく。決闘を申し込んでやりたいと言わんばかりのその剣幕。組み替えた足のハイヒールが鋭く光る。
(ひいぃ!)
は何も答えられず、目を泳がせて曖昧に笑ってみせた。
「ああ、でも女避けってこともあるかしら。いるのよね、そういう男」
「そ、そうらしいですね。ドラマか何かで見ました」
「それはそれで腹が立つけど……ああ、彼の番が来たわよ!」
ケイシーと話す内、壇上ではイベントがどんどん進行していたらしい。
バージルはアクリルで作られた透明な箱に手を入れて、中の紙をかき混ぜているところ。
(ううー、怖くて見てられないよ)
は手元のくじを睨むように視線を落とした。隣のケイシーは自分のものだろう数字を連呼している。
ありきたりなドラムロールが鳴らされ、そして唐突に止まった。
『さあ、6番のDante氏を射止めた幸運な方が決定しましたよ!』
きーんとハウリングを起こしながら、司会者が声を張り上げる。
『Mr.Dante!書かれた番号をお読みください!』
マイクを突きつけられ、バージルは嫌そうに身体を引きながら手元の紙を見た。
『……501』
途端、会場に悲鳴が轟く。足を踏み鳴らす音に、品のない罵り声、くじを破く音。ざわめきが波濤となって会場に広がる。
「あーぁ、私はハズレだわ」
隣のケイシーが心底くやしそうに呟いたのを聞き、はやっと顔を上げた。
『おや?501番の方ー?』
司会がぶんぶん手を振る。
まだ女性は名乗りを上げていないようだ。
『まさか今宵とびきりの幸運、辞退なんてことはしませんよねー?501ですよ、501番!』
「興奮にのぼせて倒れでもしたのかしらね」
現れない当選者に、ケイシーも周りを見渡す。
会場も異様な緊張感に包まれ始めた。
も思わずきょろきょろ見回す。
──と。
ステージのバージルが、前方を指差した。ちょうど、のいる辺り。差した人差し指を、今度はくいくいと自分に向ける。彼の唇は、「C’mon」と動いているように見える。
(え?)
『Danteさんもお呼びですよー、501の方ぁ』
「ち、ちょっと、あなた!!!」
いきなりケイシーが椅子を蹴上げて立ち上がった。の手首を掴んで、同じく立ち上がらせる。
「え!?な、何ですか!?」
「あなたよ!」
「え」
「あなたが!501番じゃないの!!」
「え!?」
慌てて、ピーターに貰ったくじを見る。
501。
(えええええええ!?!?!)
たった1枚で、バージルに引き当てられた?
(嘘でしょ!?)
あり得ない。──いや。ピーターは何か言っていなかっただろうか。
(バージルが主催者に無理を言って……でも、それにしてもどうやって?)
彼はちゃんとくじを引いているように見えた。ご丁寧にも、箱の中を掻き回して。
「ほらほら、Lucky girl!早くステージに行って!」
ケイシーに背中を押され、はつんのめりながら歩き出した。
周囲の視線が全身を刺すようだ。
びくびくと花道を歩いて行く。
(ほんとにどうなってるの?)
壇上まであと少し。壇の階段でよろめきかけると、バージルがに手を差し伸べた。何気なくその手に掴まって──会場中から上がった悲鳴に、は慌ててバージルから離れた。
バージルはと言えば、周りの様子に頓着せずいつもの澄まし顔だ。
「気付くのが遅かったな」
「え……あ、はい……」
バージルの持つ501のくじと、の501。司会が確かに2枚揃えて掲げると、うるさかった客席が、今度は葬式の如き悲しみの静寂に包まれた。





「こんな茶番はもう充分だ」
忌々しいネクタイを緩め、けばけばしい色合いのバルーンアーチをぎりりと睨む。
バージルのルックスはまさにFANTASY NIGHTを夢想させるものでしかないのだが、彼の苦々しい表情と来たら、DARK NIGHTMAREとでも改題した方が似合いそうだ。
「俺は誰のFantasyにもなりたくない。帰るぞ」
さっさと踵を返そうとして、バージルは隣のが何も言わないことに気が付いた。それどころか、地面に根が生えたように歩き出そうともしない。
「どうした?」
は口をパクパクさせ、盛んに瞬きし、必死に何か伝えようとしている。
「何だ?」
「で、でも、今日だけは私のFantasyに付き合って下さい」
他人行儀な口調で、おずおずと501のくじを見せられる。
「……?」
重ねて問おうとして、の後方で腕章をつけた女が一人、瞳を輝かせてカメラを構えているのが目に飛び込んできた。
(……記者か?)
はまたもややこしい事を引き起こしたらしい。唇の動きだけで「Please」と懇願してくる。
(このまま家に帰る訳には……行かんな)
バレたらまずいかもしれない。だけでなくピーターの拝み倒す顔も浮かんで、バージルは奥歯を噛み締めた。
(全く……)
面倒ではあるが、どこか途中で記者を撒くしかないだろう。
それでも一応、無駄な抵抗を試みてみる。
「なぜ俺達を?他にも取材相手は沢山いるだろう」
不機嫌を隠しもせず、バージルはの後ろに声を投げた。
「あら!」
突然話しかけられても、記者は喜びこそすれ驚きはしなかった。足取りを弾ませて二人に近づいて来る。
「今年の大当たりは間違いなくあなただもの。さ、行きましょう!」
と、の腕を引く。
「時間は限られてるのよ、さんもボーッとしてないで、ガツガツ楽しませてもらわなきゃ!」
Mr.DanteみたいなComplete package、初めて見たわぁ!
記者はまるで自分がくじを勝ち取ったかのように胸を反らして笑った。
彼女に見えないよう、バージルとはこっそり目を合わせて溜め息をついた。



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