指輪の仕上がりまでは、一ヶ月を要するとのことだった。
「……ね、バージル」
「まだ指輪の連絡は入っていない」
「違うよ、今日の夕食は何がいいって聞こうとしたのに!」
「それにしては深刻そうな声だったが」
がそわそわと話しかける度に、そうバージルにからかわれる日々。
高価な指輪をもったいないと思う気持ちと、待ち遠しい気持ちが複雑に同居している。
ホリーの事務所に行ってみようか、何度うずうずしたことか。
今日も同じような会話を交わしたところ。
バージルがふと顔を上げた。
「そうだ、
「なに。もう夕食のメニューは決まりました」
「それは明日にしよう。今夜は外食にしないか?」
「え?」
バージルの突然の提案に、むすぅっと膨れていた頬も思わずぷすんと空気が抜けた。
「いいけど。どうして?」
「……たまには外でワインでも」
「やった!支度してくるね」
「ああ。車を回しておく」
るんるんと二階へ上がって行くを見送り、バージルは慎重にポケットの中身を確かめた。



よく行くレストラン、よく案内される席で、お気に入りのメニューを注文する。
馴染みになったウェイターに椅子を引いてもらうことも、どこが食べられてどこが食べられないか判別しにくいおしゃれなメニューの数々、それらに自然な仕草で上手にナイフとフォークを使うことも、数をこなすうちに自然と慣れていた。
「綺麗に食べられるようになったな」
の皿に視線を落とし、バージルは感心した。
ワイングラスを傾けながらのその言葉に、はかちんと引っ掛かる。
「まるで最初は汚かったみたいに言いますね」
「そうだな、最初から綺麗だったな」
「……。」
薄く笑む彼を、今度は料亭へ連れて行って仕返しをしたいと思ってみるが、バージルならそつなく箸を使いこなしてしまいそうだ。
下手したら、焼き魚の食べ方など、日本人の自分の方が汚い可能性だってある。
「あーぁ。バージルには敵わないよ」
「そうでもないが」
「え?」

バージルの堅い声で、会話が不自然に途切れた。
海の底のようなしずけさ。
「指輪が……」
「……うん」
切り出された話題に、もちいさな声になってしまう。
の緊張が空気を揺らして伝わって来て、バージルは肩で息をついた。
「……指輪は、明日出来上がるそうだ」
「……そっか」
それきり、は黙って俯いた。
前のように、無邪気に喜ばない彼女。
(まだ気にしているのか)
憎ったらしいあの情報誌を思い浮かべ、バージルは眉間に皺を寄せた。
「おまえが気にしていることは分かっている」
「え」
「『給料三ヶ月分』」
「……。」
は目をまるくして、数瞬後、ばつが悪そうにそろそろとグラスの水を飲んだ。
「気にする気持ちは理解できるが、気にするな」
「無理だよ……」
「指輪はおまえの誕生日プレゼントも兼ねている。狡いとは思わないか?」
「……思えない」
「思っておけ」
「……。」

「デザートをお持ちいたしました」

見事なタイミングで、ウェイターがケーキを手に登場した。
高級レストランらしく、大きなお皿にちいさなケーキとソース、わずかなフルーツ。が頼んだのは飾られたレモンが見た目にもさわやかなチーズケーキで、バージルが頼んだのは金粉が輝くオペラだ。
「これも誕生日プレゼントに追加してやろう」
バージルが自分の皿をに押しやった。
「バージル」
「気にするな」
ウェイターを呼び、コーヒーを頼む。
は目の前に並んだ二枚のお皿と、それから、コーヒーを待つ素振りをしたまま視線を戻さないバージルをそっと見つめた。
バージルは実は、とことん甘い。
ケーキも、指輪も、好意も、すべてすべて、
「ありがとう」
の笑顔に、バージルが振り返った。
同じく微笑で返事する。
「その言葉で充分だ」





気疲れと、それからワインの効果もあって、は車の中で眠ってしまった。
起こさないようにそっと抱き上げてベッドに運び、バージルは「計算通りだな」と呟いた。
懐の中には、出来上がったばかりの婚約指輪。
レストランで渡そうとしていたのだが、結局渡せなかった。
……恐らく渡せないだろうとは思っていた。
(これはプラチナの鎖だ)
丸みのあるハートにカットされた主石はダイヤモンド、横にハーフエタニティでちいさなブルーダイヤモンドが続く。
石を支えるのはシンプルなラインで、素材はプラチナ。
華奢でうつくしいし、貴重な石まで配されてはいるが、恋人を繋ぎとめる強力な『鎖』。
指輪を見た瞬間、そう思った。
そしてそんなことを考えてしまったら、とても直接目を見て渡せなかった。

すうすうと眠ったままのの左手を取る。

「……俺に繋がれてくれるか?」

薬指にキスを落とし、そしてそっと指輪を滑らせていく。
の指にそれはきらきらと。
この上なくぴったりだ。
バージルは満足気にもう一度、今度は指輪にキスをする。
明日、はいつ気付くだろう。
鈍い彼女のことだから、顔を洗うくらいまでは気付かないかもしれない。
(そして、もうひとつは絶対に気付かない)
内側に隠されたダイヤモンド、そしてちいさなメッセージ。
"You are sent from heaven"
秘密は上手に隠します。
指輪の表のハートの貴石は、誇らしげに月の光に瞬いた。







→ afterword

51715番をご報告してくださった、ユーリ様に捧げる夢です。
指輪を買いに行くお話とリクエストいただきました♪
…あれ?買いに行ったのは最初だけ?すみません…書いている方はノリノリでした…

それにしても、ハートシェイプにブルーダイヤにhidden gems…バージル一体この指輪にいくらかけたんだ!?(((;゜Д゜)))
メッセージもロードオブザリ○グじゃあるまいし、こんな長文入らない気もしますが…
夢だから…!あと、ダイヤは女の子の親友ですし!(逃)

ユーリ様、お渡しが遅くなってしまいましたが、この度はリクエストしていただき本当にありがとうございました。
お読みくださったお客様にも、深く感謝いたします。
お楽しみいただけたなら幸いです。
2008.10.17