ちゃん、彼氏と行って来なさいよ」
勤務先のオーナーに手渡されたのは、二枚のチケット。
「ありがとうございます」
にっこり感謝しながら、私は内心、頭を抱えた。


Like a merry-go-round



夕食時。
テーブルには私のお手製、具だくさんピザとタコス、コブサラダが並ぶ。
一見豪華なこのメニュー、実は今後の交渉を優位に進めるための下準備だったりする。
その計画通り、満足そうにピザをむしゃむしゃ食べているのは、ターゲットA・ダンテ。
「ねえ」
慎重に声を掛けてみる。
「ん?ぅあっち!」
気を抜いた隙に、頬にとろーりチーズの直撃を受けているダンテ。
「子供だなぁ」
苦笑しながらダンテにナプキンを渡す。
渡しながら、いよいよ交渉を切り出すべく身を乗り出した。
「ね、……ダンテなら、遊園地一緒に行ってくれるよね?」
「……なんか引っ掛かるな、その言い方」
ダンテが頬杖をつく。
「なんでいきなり遊園地?」
聞かれて、私はもらったチケットを差し出す。
「オーナーから2枚もらったから……」
チケットに目を落とし、ダンテはうわっと驚いた。
「しかもアナハイム?すげぇ混むんだろ?ここ」
「うん……。」
ダンテは明らかに気乗りしていない。
……無理強いしたって仕方ないか……。
ダンテよりも厳しい交渉になるのは間違いけれど、ここはターゲットBに挑むしかない。
彼を陥落させるには一体どんな下準備をしたらよいのやら……私は溜め息をついた。
「いやならいいんだ。ごめんね、ダンテ」
チケットを取り返そうと手を伸ばす。
指が券に触れる寸前、ダンテが私からパッと手を遠ざけた。
そしてにこりと笑う。
「なーんてな。行こうぜ、デート!」
「え?」
きょとんとした。
「行きたくないんじゃないの?」
「遊園地なんてガキの吹き溜まり、以外とだったらお断りだね」
「ダンテ……ありがとー!やったぁ!」
「ったく、子供だなー」
仲良くぱちん!とハイタッチしたところで。
「何をしている?」
いきなり、第三者がダイニングに現れた。
それはターゲットB……じゃなくて、バージルだった。
ダンテがひょいっと振り返る。
「お、ちょうどいい。今度とデートしてくるから、事務所頼むぜ」
「……何?」
バージルの顔が険しく曇った。
その厳しい視線がスーッと平行にスライドして、私を捉える。
「だ、だってバージルは遊園地なんて興味ないでしょ?」
私は慌てて弁明する。
「興味はない。が……」
バージルは一瞬だけダンテを睨み付け、それからまた私に視線を戻す。
「お前達だけでは心配だ。」
「はぁ!?」
途端にダンテががたーんと立ち上がる。
「何だよあんた!まさか邪魔するとか言わねぇよな!?チケットだって2枚しか」
「もう一枚買えばいいだけだろう。愚か者」
「……GO OUTSIDE VERGIL!I WILL BEAT YOU DOWN!」
「Huh, give me a break」
「はいはいそこまで!」
そろそろ口喧嘩が流血沙汰に発展しそうだったのを、割り込んで止める。
愚か者は私の方だった。
どちらが一緒に行ってくれるにしても、残った方は面白くない気分になるに決まっている。
最初からチケット代をケチらず、みんなで行こうと切り出せばよかったのだ。
「みんなで行こうよ。きっと楽しくなるよ!ね?ね?」
一回目の「ね?」でダンテに、二回目でバージルに微笑む。
「「まあ……」」
二人はもごもごぼそぼそと頷いた。
ここまでくれば、私のペース。
「はい決まり!私、お弁当作るね!」
ターゲットAだのBだの悩んでいたのが嘘のよう、なんだかんだでいちばんいい結果になったようだ。
(たぶん……。)





ついにやってきた、お出掛け当日。
サンドイッチと果物をバスケットいっぱいに詰め、私たち三人はアナハイムへ向かった。
天気は快晴。
絶好のお出掛け日和。
右には青のシャツをきっちり着込んだバージルが、左には赤のTシャツにジーンズをラフに合わせたダンテ。
シャツもTシャツも、この前私がプレゼントしたものだ。
「二人で相談でもした?」
「するわけねぇだろ……」
ダンテが脱力した。
それにしても息ピッタリだね、とはケンカの火種になってしまいそうなので胸にしまっておく。
「まずはどちらに行くんだ?」
バージルがパンフレットを広げた。
ここの遊園地は、50年の歴史を誇るテーマパークと、まだまだ新しいパークの二つがあるのだ。
「まずは、あっち!」
私は左の新しい方のテーマパークを指差す。
「1回転するジェットコースターがあるんだって!」
「いいね。さっそく行こうぜ!」
周りのお客に遅れを取らないように、エントランス目掛けて走り出す私とダンテ。
後ろからバージルの溜め息が聞こえた気がした。


そのジェットコースターは、このパークのランドマーク的存在。
平行なレールから一気に時速100キロまで加速した後、1回転あり急降下ありで、1周5分も疾走する人気アトラクションだ。
「二人とも、こういうの平気?」
10分待ちだという列の最後尾に並びながら、一応聞いてみる。
「全っ然、余裕だね!」
ダンテが腕に力瘤を作っておどけた。
「バージルは?」
「さあな。乗ったこともない」
搭乗中のお客のきゃーきゃーと賑やかな歓声に、煩そうにレールを見上げる。
強がりもしないバージルに、もしかしたら本当に苦手なのかも……と心配がよぎる。
最初の乗り物で具合を悪くしても大変だ。
「無理そうだったら……」
ぞろぞろと進んで行きながら、バージルがチラと私を見下ろした。
「隣に誰かいれば気が紛れるかもしれんな」
「じゃあ、私が」
「WAIT!!!」
「はい、そこの赤いお兄さん、先頭ねー」
いつの間にか乗り場に到着していた。
ダンテはぎゃんぎゃん騒ぎながらも、係員に誘導されて(半ば引きずられて)行く。
「俺達は二列目か。行こう」
「うん」
いい大人3人が先頭って悪いなあと思いつつ、私はコースターに滑り込んだ。
、次はオレが隣だからな!!」
前方から、安全バーに肩をがっちり固定されながらも必死なダンテの声がする。
当然、ダンテの横の席は空っぽ。
「ダンテも恐かったのー?」
発進前でざわめく周囲に負けないよう、声を張り上げる。
「はっ!?違う、そういうんじゃなくて」
ダンテは何か言っているけれど、こちらからは銀の髪がひょこひょこ動くのしか確認できない。
「えー?なにー?ごめん、聞こえないー」
叫んでいたら、係員がバーの点検に回って来た。
いよいよだ。
……そういえば。
私は隣のバージルが気になった。
「バージル、大丈夫そう?」
頑丈なバーが邪魔で、横のバージルと目を合わせるのも一苦労。
「ああ。何も問題ない」
答える声はいつものバージル。
(……大丈夫かな。)
考えてみたら、館の二階のバルコニーからトリックダウンしたり、壁を蹴って三角飛びしたりしても全然平気な丈夫な身体の持ち主なのだ。
なんてことはないのかも。
何だか騙されたような気がしないでもないけれど……
「3……2……1……」
点検が終わり、係員がマイクでカウントを始めた。

「GO!」

コースターが一気に加速する。
「きゃーっ!!!」
私はこのジェットコースターの名前通り、screamした。
全身でぶわぁっと風を切る。
重力で体が後ろに押さえつけられるような感覚。
直線コースから、次の落下の為にレールを登っていく。
それもカタカタカタ……とゆっくりではなく、猛スピードを保ったままだ。
頂上に着いても眼下に広がる景観を楽しむ間もなく、コースは直下。
勢いはそのままで、ぐるんと一回転に入る。
「わぁぁぁぁあ!!」
あまりの風圧に、もはや可愛いげのかけらもない声を上げるしかない。
その後も急降下・急上昇を繰り返し、やっとコースターは1周を終えた。
安全バーのロックが外される。
「も……足ガクガクだよー」
「何だ、だらしないな」
ふらふらよろよろしていたら、バージルが目元に笑みを浮かべながら手を差し出してくれた。
やっぱりへいちゃらだったらしい。
「ありがと」
バージルの腕に掴まりながら座席から立ち上がれば、既にダンテがいらいらと待っていた。
「遅い!」
なぜか怒られてしまう。
「ごめんごめん。楽しかったね!」
「オレは一人で虚しかったけどな。そういやこの乗り物、記念写真撮ってるんだろ?早く見に行こうぜ!」
「うん!……って、うわぁ」
言うが早いか、ダンテにぐいーっと手を引っ張られる。
乗り物出口の記念写真売り場に到着すると、壁に並べられているたくさんのモニターが私たちを出迎えた。
様々な表情の揃い踏みから、自分たちが写っている写真を探す。
「あ、あった!あれだよ!」
私はまだキョロキョロしているダンテの袖を引く。
「ん?どれだ?」
「右から三番目の」
「おー、あれか!ははっ、すごい顔してんな……って、なんだあれ!!」
「!?」
ダンテが叫んだのと同時に、私も目を見張る。

「何でおまえとバージル、ちゃっかり手ぇ繋いでんだよ!?」
「ぇえっ、なんでぇ!?」

車両の二列目、確かに私とバージルはがっちり手を繋いでおりました。
「覚えてねぇのか!?」
「ぜんぜん……」
ジェットコースターに乗っている最中は叫ぶのとバーにしがみつくのに必死で、隣の人物を気にするどころではなかったのだ。
それでも、どう首を捻って考えてみたところで、モニターには動かぬ証拠。
「アイツ、ちゃっかりと……!!」
またイライラし始めるダンテ。
このままでは、モニターを殴って壊しかねない。
早くここを離れなければ。
が。
「あれ?そのバージルはどこに?」
写真売り場に来たとき辺りから、姿が見えない。
ぐるりと振り返る。
「ここにいるが」
「わぁ!」
いつの間にやら真後ろにいたバージルにぶつかりそうになる。
「びっくりした!……ってそれ、何?」
私が真っ先に気付いたのはバージルが持つ、やたらと可愛いおみやげ袋。
「あの写真だが」
しれっと言い放つ。
「買ってたの!?しかもそれ8インチくらいない!?何か大きいよね!?」
「額も買ったぞ。居間にでも飾ればいい」
「わぁ、ニッキーだ!そうだね、飾ろう!」
この遊園地のマスコットがデザインされたファンシーな額を大喜びで眺めながら、私はふと思う。
バージル、これをどんな顔で注文したんだろう……
と。



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