弾ける様な
酸っぱさと
こころ潤す
その甘さを


Orange Waltz 1




は、至って普通のお嬢さんです。
ただ、早々に両親を亡くし、家族は犬猫、天涯孤独の寂しい身。
持ち物は両親が残した僅かな財産、家、小さな別荘。
仕事もちまちまと、地味に静かにひっそりと暮らしていたんです、が。



「こらーっ!いい加減に起きろーっ!」
世間一般には、爽やかな朝。
ごぉーん!
我が家ではもはや銅鑼と化したフライパンが唸る。
うるさいと思われるでしょうが、これが私の最近の朝の日課です。
「起・き・ろー!」
「五月蝿い。」
現れた人物にゴン、と頭を小突かれる。
この暴力的な男の名前はバージル。
見た目は嘘偽りなくいい男だけど、口数は少ないのに文句は多くて無愛想で性格がきついと、少々難アリ。
私はにっこり嫌味たらしく頭を押さえて、振り返る。
「おはよう、というか遅よう」
バージルが心外そうに眉を聳やかす。
「俺は昨日は深夜まで仕事だった」
「へぇ、そうですか。ダンテェイ!!!起きろー!!!」
バージルの言い訳を適当に聞き流し、銅鑼フライパンをもう一撃。
ごぉーん!
「朝から元気すぎんだろ、……」
「ようやく起きましたね」
よろよろ半裸でダイニングに入ってきた人物を睨む。
こちらの彼の名はダンテ。
ダンテも嘘偽りなくいい男、それもそのはず、彼は先に現れたバージルの双子の弟。
ただしやっぱり、賑やかで口が悪くて、食べ物の好き嫌いが子供並みに激しいのが玉に瑕。
全く、クセのある双子である。
ともあれ。
「さー、遅ーくなっちゃったけど、ごはんにしようね、クリス、クレア」
足元の愛犬と愛猫に食器を出して準備完了。
「いただきます!」
やっと、一日の始まりである。



このバージル、ダンテの双子にうちの別荘を貸すことになったのは、情報屋のエンツォ絡み。
提示された家賃もかなり良かったし、人が住まない家は傷むのも早いので、私はあまり深く考えずに快諾した。
……が。
いざ双子に貸してみたら、家が傷むどころか、破壊されそうになること数度。
それも、ただの兄弟喧嘩でなんだから笑える。(いや、笑えないけど)
オーナーとしてはいくら修理代を払ってくれるとは言え、両親との思い出の詰まった家を壊されるのをみすみす看過するわけにもいかなくて、監視と牽制がてらちょくちょく別荘を訪ねる羽目になったのだった。
しかし、これがまた更なる面倒を引き起こした。
というのも。
双子はあまり家事が得意ではなく、反対に私は一人暮らしが長く、家事が身に付いていて……
出前ばかり取っているらしい彼らを見るに見かねて、夕食を作ってあげたのが運の尽き。
えらく感激され、誉めちぎられ、よいしょされ……気付いたら、二人の世話役を買って出ていた。(思えば、ここまでがエンツォの目論見だったのかもしれない)
もちろん私にも仕事はあるので、そう度々は来られない。
しかし、休日だけだと釘を刺したら、バージルに「次来たときは家が灰になっているかもしれんな」と脅されたため(何て男だ全く)、実際はもっと通っている。
今日も朝食が終われば、次に私を待っているのは洗濯機。
オーナーなのに、何が悲しくて賃借人の洗濯物を干さなければならないのか。
「はあ」
「何溜め息ついてんだ?」
タオルを広げて干しているところへ、ダンテがひょっこりやってきた。
「誰かさん達が手伝ってくれないからね」
キッと睨むと、ダンテが苦笑しながら洗濯物をつまみ上げた。
「……手伝います」
「よろしい。そこ、ピンと伸ばす!」
しわしわのまま、服を適当に干そうとするダンテにびしばし教育的指導を入れる。
かえって時間がかかるけど、一人黙々と家事をこなすよりはずっと楽しい。
「そういえば、バージルは?」
「あ?あいつは、い……仕事だけど」
「そう」
ふと、私は手を止めた。
「あんたたち、仕事って何してるんだっけ?」
エンツォは便利屋、って紹介してきたけど、家事を見ても分かるように、二人はずば抜けて器用というわけ
でもない。
むしろ便利屋というよりは、破壊屋の方が似合うくらいだ。
ビジネスマンのように決まった時間に働くでもなく、小説家のように書斎に篭りスランプに陥るでもなく……
けれど、安くはない家賃を滞りなく払える職業。
──実はえらく怪しくないか?
そう言うと、ダンテがぶんぶんと手を振った。
「いや、そんなヤバい仕事じゃないって!」
「本当に?」
「……多分……」
怪しい!
ガァッと勢いよく問い質そうとしたら、
むぎゅ。
手のひらで口を塞がれた。
「ストップそこまで。エンツォから、オレ達の仕事について詮索しねぇようにって言われてんだろ?」
「……ふぐぅ……」
そう言えばそうだった。
契約のときに、言われていた。
そのときは、まあプライバシーに関することだしと特に気にも留めていなかったのだけれど。
私の表情の変化をきちんと読み取ったらしく、ダンテがにっこりと笑う。
「家賃はきちんと払うから、問題ねぇだろ?」
コクコクと頷くと、やっと手が離された。
ふはーと息をついてから、ダンテを睨む。
「でも」
「何だよ、まだゴチャゴチャ言うつもりか?」
ぐしゃりと乱暴に頭を撫でられる。
身長差のせいか、まるきり子供扱い。
しかし軽くあしらわれて諦める様ではない!
私はダンテが離れる寸前、その手をガッチリ捕まえた。
「どうしても、器用なことはできそうに見えないんだよね」
ダンテと自分の掌を、ぴたりと重ねてみる。
「でも……大きい手」
私のよりも関節一つ分以上優に長い、ダンテの指。
いつもはグローブを嵌めているけど、今日は家にいるせいか何も付けていない。
まじまじ見つめていると、不意にダンテがバッと手を振り払って飛び退いた。
「フ、フツーだろっ!」
そのままドスドスと家に戻って行くダンテ。
「何よ〜、せっかくのお手伝いも、もう終わり〜?」
「知るか!!」
バターン!玄関の扉が悲鳴を上げた。
家主の前でそんな乱暴なことを出来る辺り、並の人間の神経じゃない。
……と、そうじゃなくて。
「急にご機嫌斜めになっちゃって……そんなに仕事のこと聞かれたくないわけ?」
隠されれば余計に気になるのが、サガってものですが。
「絶対に探ってみせる……」
私はこっそり決心した。



その日の夕食。
今夜は珍しく、全員が同時に席に着いた。
「ほーんと、こうしていつも揃ってくれれば、あっため直したりしなくていいのにな〜。ねえ、バージルさん?」
横目で、普段遅刻しがちな人物を睨む。
「俺が遅れるのは仕事でだから仕方ないだろう」
私をまるで無視して、黙々とナイフを進めるバージル。
もう一言物申そうとして、
「ダンテ!肉ばっかり食べない!」
「……見つかっちまったか」
ドキンと肩を揺らしたダンテにサラダボウルを回す。
そして、
「バージルも、グリーンピース避けない!」
バージルの皿を指差す。
「これは後から食べるんだ」
むっとしたバージル。
いいえ私は騙されません。
「この前、クリスのご飯に混ぜてたのを確認しました!」
「バージル、んなズルいことしたのか!?」
ダンテがギョッと目を剥く。
「うるさい!あれは偶々」
「信じらんねぇ!」
「黙れ!」
双子がギリギリ睨み合う。
………………不穏です。
楽しい夕食の時間なのに思い切り、食卓には殺気が渦巻いております。
もしも誰かがここで一緒に食事をしていたら、その方の胃がキリキリ痛んで、挙げ句には席を立ってしまいそうな場面です。
まあ、私は既に慣れっ子な訳ですが。
一応、『食べ物を粗末にしたら二度とご飯作ってあげない!』と宣言してあるため、食事時には絶対にフィジカルな喧嘩には発展しない。
だからただ、バチバチと火花が飛びそうな程の視線の応酬があるのみ。
ダンテもバージルも、真剣そのもの。
たかだか好き嫌いのことで!
「く……くく……」
「?」
「何だよ、
途端に二人は緊張感から解放されて、怪訝そうに視線を寄越す。
それを見たら。
「あはは!もーダメ!」
抑え込んでいた笑いが爆発した。
「あは、ははは……ははっ」
「何だよ、急に?」
「食中毒か?」
笑いの止まらない私に、ますます訝しむダンテとバージル。
それすら可笑しい。

思い出すのは以前の、静かな食事
テーブルには私、そして犬と猫
穏やかで、平安で
──そして寂しい

引き換え今は、賑やかな食事
テーブルを囲むのは私に犬と猫、そしてうるさい双子
いくら用意しても足りないおかずを巡る争い、好き嫌いの多いワガママをいなす説教
ちっとも落ち着きやしない
けれど、それがきっと、本来の家族の食事
『団欒』なんて言葉も、久しく忘れていた
もちろん『家族』なんて呼ぶにはへんてこりんな組み合わせだし、恐らくは私の一方的な思い上がり
だけど、今ここで楽しい食事をしている
それだけで、以前よりも……


胸をドンドン叩いて笑いを宥め、ちらりと視線を上げる。
性格はまるで正反対の二人が、似たような表情で私を観察している。
「……ぶっ!!!」
だめだ。
今は箸が転んでも笑えるだろう。
「あっはっは……ひぃ、もうだめ!」
「だーかーらっ、なんなんだよっ、おまえはっ」
「やはり悪いものを食べたらしいな」
バージルが「これは大丈夫なのか?」とぼやきながらナイフとフォークで皿の上のおかずをつつく。
「し、失礼な!違うって……あはは……」
「気味悪ィ」
ダンテが大仰に腕を擦ってぶるりと震えた。
「だから、あのね……」
どうしても、自然とにやけてしまう。
バージルの言う通り、本当に悪いものを食べてしまったような気分だ。
油断すると吹き出してしまいそうな口元をナプキンで拭う。
深呼吸して、ようやく少し落ち着く。
あ、今なら思ってることをちゃんと言えそうだ。

「もしも私に弟がいたら、こんな感じだったのかなーって思ったら、おかしくて」

「おまえに?」
「弟?」
二人の声が見事に繋がった。
さすが双子。
ダンテとバージルは、一瞬視線を見交わす。
「っつーことは、おまえがお姉ちゃんで、オレらが弟って?……ぷっ」
今度はダンテが吹き出す。
「……姉というよりは、母だろうな」
バージルが溜め息を吐いた。
「あー、そんな感じ。野菜食え!好き嫌いするな!って口うるさいしな」
「ええ!?何ですってぇ!?」
同意したダンテに、私はガターンとテーブルを叩いた。
「そんなこと言うんだったら、もうご飯作ってあげない!」
私の最終奥義である。
「なっ」
案の定、ダンテが一気に情けない顔になった。
「ジョークだろ!?なあ!?」
必死な声にも、ぷい、と横を向いて無視。
バージルは我関せずとグラスを空にしている。
「ダンテ、お前が怒らせたんだ、お前が何とかしろ」
母と言い出したのはバージルのくせにそこは棚に上げて置いて、早速他人任せですか。
やはり何て男だ、バージル。
「はぁ?んなこと言われたって……おい!」
厄介ごとを押し付けられつつも、律儀に話し掛けて来るダンテ。
いつものことながら、可哀想な役回り。

……本当に、見ていてちっとも飽きない。

(もう少し、双子を観察するのも楽しいかもしれない)
彼らの仕事を探索するのもいいけれど、それよりはまず。
この少し(いや、かなり?)風変わりな家族ごっこに浸ってみよう。
そんなことを、思った。



は、至って普通のお嬢さん。
家族は犬猫、それから赤の他人だけど、賑やかな双子の面倒を見ています。
仕事はちまちま、家事はそれより大変で。
喉を嗄らしながらも、毎日楽しく暮らしてます。







→ afterword

いつ書いたのかも忘れたくらい、前のお話です。
姉御なヒロインと弟二人みたいな距離感で、とにかくわいわい賑やかでうるさくて、それでいてちょっと微妙な関係が書きたかったことは覚えています。
タイトルもそんな感じで考えました。
続編もありますので、もう少しお付き合いいただけたら幸いです。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました!
2008.9.24